ガリオンはただちに眠りに落ちた。そのとたん、かれの耳元でしゅうしゅうという音がして、乾いた冷たいものがふれた。「用意はできたこと?」ささやく声に起き上がり、寝ぼけまなこで声のする方をふり返ったガリオンはそこにサルミスラ女王の顔を見た。女王の頭は蛇とも人間のものともつかない体の上を行ったり来たりしていた。
 するとガリオンはきらきら瞬く神の岩屋の丸天井の下にいた。かれの手はいつのまにか、死の沈黙のうちに前足をたかだか免疫系統と掲げて凍りついている子馬の赤茶色の背にさわっていた。
「用意はいいか」ベルガラスが静かにたずねた。
「うん、大丈夫だ」
「よし、それではおまえの〈意志〉を集中して動かしてみろ」
「これじゃあ重すぎるよ」
「持ち上げなくともいい。ただ押すのだ。おまえがちゃんとやりさえすれば動き出すぞ。さあ、早くするんだ。われわれにはまだたくさんやることがあるのだ」
 ガリオンは〈意志〉を集中した。
 かれはいとこのアダーラとともに丘のふもとに座っていた。かれの手には枯れた小枝とひと握りの枯れ草があった。
(用意はいいか)かれの内なる声が言った。
(こんなことをして何の意味があるんだ)ガリオンは内なる声にたずねた。(こんなことが本当に重要なのかい)
(それはおまえがいかにうまくやってのけるかによる)
(あんまりいい答とは思えないな)
(質問がよくなかったのだ。さあ、用意ができたらこの小枝を花に変えてみろ)
 ガリオンは批判的な目で作品を見つめていた。(あんまりいい花じ免疫系統ゃなかったね)かれは弁解するように言った。
(だが必要なのだ)
(もう一回やらせてほしい)
(この花をどうするつもりだ)
(ただこうやって――)ガリオンはそう言いながら、今作ったばかりのでき損ないの花を消そうと腕を上げた。
(それが禁じられているのはおまえだって知っているはずだが)
(でも作ることはできたんだ)
(それとこれとは関係ない。この世にあるものは一切消すことはできないのだ。この花でも十分役にたつだろう。さあ、来い。われわれは急ぐのだ)
(でもまだぼくには用意ができ免疫系統ていない)
(それは困ったことだ。もはや一刻の猶予もないのだぞ)
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 そのとたん、ガリオンは目が覚めた。頭がひどくもうろうとしていた。睡眠は体を休めるどころか、かえって疲れをひどくしたようだった。レルドリンはまだぐっすり眠っていたので、ガリオンは暗闇のなかで自分の衣服を探しだし、身につけてからそっと部屋を後にした。奇怪な夢のなごりが〈鉄拳〉の〈要塞〉のうす暗い廊下をひとり歩くかれの心を苦しめた。かれはいまだにあののしかかるような緊迫感と、人々のかれに対する焦燥感のようなものを心の中に感じていた。吹きさらしの中庭の片すみに雪が吹きよせられ、露出した岩々が黒く凍りついているのが見えた。ちょうど夜明けがはじまったばかりで、中庭を囲む胸壁が走り去る雲を背景に、くっきりと浮かび上がっていた。
 中庭の向こうがわには厩舎があった。中は暖かく、馬と干し草の匂いに満ちていた。ダーニクはすでにここで自分の天職を見いだしていた。かれは高貴な人々に囲まれてしばしば息苦しい思いをしていたので、馬たちといっしょにいた方が気が楽だった。「やあ、きみも眠れなかったのかい」鍛冶屋はガリオンが入ってくるのを見て呼びかけた。
 ガリオンは肩をすくめてみせた。「なぜだかわからないけれど、眠るとかえって疲れてしまうんだ。まるで頭のなかにわらが詰まったような気分だよ」
「〈エラスタイド〉おめでとう、ガリオン」ダーニクがだしぬけに言った。
「ああ、本当にそうだ」今日が祝祭の日だとオンの心に迫ってきた。「〈エラスタイド〉おめでとう、ダーニク」
 後ろの方の厩舎で眠っていた子馬がガリオンの匂いを嗅ぎつけて、小さな声でいなないた。二人は子馬のいる裏手の厩舎へ行った。
「〈エラスタイド〉おめでとう、子馬くん」ガリオンはいたずらっけを起こしてよびかけた。子馬がかれに鼻を押しつけてきた。「もう嵐は完全におさまったのかい」ガリオンは子馬の耳をなでてやりながらたずねた。「それともまたくるだろうか」
「空気の匂いからすると、もう完全におさまったようだな」ダーニクが答えた。「だがこの島では空気の匂いが違うってこともありえるからな」
 ガリオンはうなずき、子馬の首を軽くたたいてから出口に向かった。「そろそろポルおばさんを探しにいった方がよさそうだ」かれは言った。「おばさんはきのうの夜からぼくの今日着る服を点検しておきたいと言ってたんだ。もし逆におばさんがぼくを探すようなことになったら、絶対に後悔するはめになるだろうからね」
「きみも年をとってだいぶ賢くなったようだね」ダーニクはにやりと笑いながら言った。「もし用があったら、わたしはここにいると言ってくれ」
 ガリオンは鍛冶屋の肩をぽんとたたくと、厩舎を出てポルおばさんを探した。