シルクは笑った。「わたしだけは別だよ。まわりがいっせいに結婚に突入しようと、わたしの正気だけは毒されたりはしないさ。もし最悪の場合になっても逃げ足には自信がある。アルガーの諸氏族も今朝到着する予定だ。連中は途中でコロダリン王一行と合流して、一緒にやってくるらしい。わたしがカマールを発ったとき、連中の船が後ろについていたからね」
「マンドラレンも来るのかい?」
 シルクはうなずいた。「ボー?エボール男爵婦人と一緒にね。どうやら男爵の方はまだ旅をするまでには回復していないらしい。やっこさんは自分の妻とマンドラレンに道を譲るためにこのまま死ねばいいと思っているようだ」
 ガリオンはため息をついた。
「おいおい、きみが気にすることはないさ。アレンド人はこの手の不幸が大好きなんだ。マンドラレンだって雄々しく耐え忍ぶことに生きがいを見いだしているはずさ」
「それはちょっとひどすぎる言いかただよ」
 シルクは肩をすくめてみせた。「どうせわたしはひどい人間さ」
「これからどうするつもりなんだい。ぼくが――」と言いかけてガリオンは口ごもった。
「無事に結婚するのを見届けたらという意味かね」シルクは面白そうな口調で答えた。「とりあえず、今夜の二日酔いから回復したら、ガール?オグ?ナドラクへ向かうよ。あそこには今いろいろと新しいチャンスがあってね。わたしはずっとヤーブレックと連絡を取りあっていたんだ。かれとわたしは今後手を組むことになったのさ」
「ヤーブレックと?」
「つき合ってみれば、それほど悪いやつでもないさ。それにあれで目から鼻に抜けるようなところもある。たぶんこの組みあわせはうまくいくと思うね」
「たしかにそうだね」ガリオンは笑いながら言った。「きみたちはそろいもそろってひどい悪党だし、おまけに二人たばになってかかられたんじゃ、どんな正直な商人だって無事じゃすまされないだろう」
 シルクはにやりと笑った。「それこそわれわれの狙いめなのさ」
「さぞかし金持ちになることだろうね」
7447430_003559887000_2

「まあ、それがどんなものかは体験できるだろうがね」そう言ってシルクは遠くを見るような目つきをした。「だが実際のところそんなことはどうでもいいのさ。これはあくまでもゲームだ。金なんてものは単なる得点がわりに過ぎん。大事なのはそれがゲームであるということなんだ」
「そんな話を前にも聞いたことがあるような気がするけど」
「わたしはそのときからちっとも変わっちゃいないということさ、ガリオン」シルクは笑いながら言った。
 ポルおばさんとダーニクの結婚式は、その朝、〈要塞〉の西翼にある人目につかない、小さな礼拝堂で行なわれた。列席した人々はごくわずかだった。ベルガラスと、双子のベルティラとベルキラはもちろん、シルクとバラクの姿もそこにはあった。深い青色のビロードで仕立てたガウンで美しく装ったポルおばさんには、ライラ王妃が付き添っていた。ダーニクの付き添いはガリオンがつとめた。式は醜男のベルディンの手で行なわれた。初めて見苦しくない服装をした魔術師の醜い顔には不思議な厳粛さが漂っていた。
 式が行なわれている最中、ガリオンの心は千々に乱れた。もうこれでポルおばさんは自分だけのものではなくなるのだという実感が、刺すようにかれの胸をつらぬいた。ガリオンの中の子供じみた部分が、ずっと抗議の声をあげ続けていた。だがかれは同時におばさんの結婚する相手がダーニクであることに深い満足を覚えていた。この世にもしおばさんに値する男がいるとすれば、それはダーニク以外にありえなかった。純朴な善人の瞳はかぎりない愛であふれていた。どうやらかれはその視線をポルおばさんから引き離せないらしかった。ダーニクのかたわらに控えるポルおばさんの顔もまた、厳粛な晴れやかさに輝いていた。
 二人が列席者に挨拶するために、一歩退いたガリオンは背後に衣ずれの音を聞いた。振り返ると礼拝堂の入口に、頭巾のある外套をすっぽりまとい、顔を厚いベールで隠したセ?ネドラが立っていた。王女は結婚式の日に花婿に顔を見せてはいけないというトルネドラ古来の慣習にひどくこだわっていたので、ガリオンは彼女は出席しないものと思っていたのである。こうして外套とベールに身を隠せば、それとはわからないだろうという苦肉の策だった。王女がこの問題の解決を思いつくまで、いかに悪戦苦闘したか目に浮かぶようだった。むろん彼女は何としてでもポルガラの結婚式に出席したかっただろうが、慎みと慣習は守られねばならないというわけだ。ガリオンはかすかにほほ笑むと、再び式に注意を戻した。
 かれが二度目にさっと後ろを振り返ったのは、ベルディンの顔に浮かんだ表情を見たからだった。魔術師の醜い顔に驚愕が浮かび、やがて穏やかな確認の表情に変わった。最初は何も見えなかったが、やがてたるきの付近にかすかに動くものがみとめられた。雪のようにまっ白なふくろうの姿が、暗い梁の上にぼんやりと浮かびあがった。鳥はポルおばさんとダーニクの結婚式をじっと見おろしているようだった。
 式が終わり、ダーニクが恭しく、だが不安げに花嫁にキスすると、白いふくろうはその羽根を広げて、静かに礼拝堂の天井を旋回した。鳥はあたかも幸福なカップルを祝福するかのように、宙を舞っていたが、やがて大きく二回はばたくと、まっすぐにベルガラスに向かって飛んできた。老人は決然とした表情でそっぽを向いた。
「彼女の方を見てあげた方がよくてよ」ポルおばさんが言った。「おとうさんがそうしないかぎり、あの人はいつまでも離れないわよ」
 ベルガラスはため息をつくと、目の前で飛びまわる不思議な輝く鳥をまっこうから見すえた。
「おまえがいなくて寂しいよ」老人はぽつりと言った。「これほどの歳月がたったというのにな」
 白いふくろうは黄金色の瞳でまばたきひとつせずにベルガラスを見つめていたが、やがて身をひるがえして飛び去った。
「まあ、何て不思議な生物でしょう」ライラ王妃があえぐように言った。
「わたしたちは不思議な種族なのよ、ライラ」ポルおばさんが答えた。「それに一風変わった友だちも――親戚も多いのよ」彼女はダーニクの腕に固く自分のそれを巻きつけながらほほ笑んだ。「それに、母親の列席なしに娘が結婚するな?」
 結婚式を終えた一行は、〈要塞〉の廊下を歩いて主翼の建物に戻り、ポルおばさんの私室の前で立ち止まった。ガリオンはふたことみこと祝いの言葉をのべ、シルクやバラクと一緒に立ち去ろうとしたが、ベルガラスに腕をつかまれた。「おまえはちょっと待て」
「二人の邪魔をしちゃいけないよ、おじいさん」ガリオンは落ちつかなげに言った。
「なあに、ほんのちょっとだけ邪魔するだけさ」ベルガラスは安心させるように言った。老人の唇は笑みをこらえているかのようにひきつっていた。「おまえに見せたいものがある」
 私室に入ってきた老人とガリオンの姿を見て、ポルガラの一方の眉毛が問いかけるようにはねあがった。「これは何かの古い習慣か何かなのかしら、おとうさん」
「いいや、ポル」老人は無邪気な顔で答えた。「ガリオンとわしとでお祝いの乾杯をしようと思ってな」
「いったい何をたくらんでいるの、老いぼれ狼?」彼女の目にはおもしろがっているような色が浮かんでいた。
「わしが何かたくらんでいるように見えるかね」